自虐ポスターから奇跡の再生!新世界市場の屋台街と最新実態を徹底解剖

自虐ポスターから奇跡の再生!新世界市場の屋台街と最新実態を徹底解剖の全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。

通天閣のお膝元に位置する新世界市場のルーツは、大正初期の1912年(明治45年/大正元年)に開業した「新世界」の歴史と軌を一にします。戦後の闇市から発展し、鮮魚、精肉、青果、婦人服などを扱う生活密着型の市場として、昭和の中期には身動きが取れないほどの人波で溢れていました。

しかし、平成に入ると大型スーパーやモールの台頭、店主の高齢化と後継者不足が直撃します。全盛期には40店舗以上が軒を連ねていたアーケードも、2000年代後半には営業を続ける店が数軒にまで激減。「昼でも薄暗く、通り抜けるのも怖いシャッター通り」へと転落していきました。

この絶体絶命の危機を救ったのが、2012年から仕掛けられた「商店街ポスター展」です。電通関西支社の若手クリエイター陣と市場の店主たちがタッグを組み、大阪特有のユーモアを前面に押し出した自虐ポスターを制作しました。

「早く来ないと、閉まっちゃうよ(店主が高齢のため)」「ポスター貼ったら、客が来てしもた(迷惑や)」「市場は死にましぇん!」といった、弱みを強烈な笑いに変えるコピーと写真はテレビやSNSで瞬く間に拡散。国内外の広告賞を総なめにし、全国から観光客が「ポスターを見に行く」という前代未聞の逆転現象を巻き起こしました。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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