「越山会の女王」佐藤昭子とは何者か|田中角栄との愛憎と娘の真実
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佐藤昭子の経歴を紐解くと、波乱万丈な歩みが見えてきます。1928年(昭和3年)、新潟県柏崎市に生まれた昭子氏は、上京して女子経済専門学校(現・新渡戸文化短期大学)を卒業。若くして結婚と離婚を経験し、戦後の混乱期を生きていました。
田中角栄氏との運命的な出会いは、角栄氏が初当選を果たした1946年の総選挙直後です。同郷の知人の紹介で田中事務所を手伝うようになり、その明晰な頭脳と類いまれな胆力を角栄氏に高く買われました。やがて角栄氏の私設秘書となり、後援組織である「越山会」の統括責任者に就任します。
昭子氏は単なるデスクワークにとどまらず、地元・新潟の支援者たちを巧みに組織化し、角栄氏が自民党幹事長、通産大臣、そして内閣総理大臣へと駆け上がる過程で、政治資金の調達と配分を冷徹なまでに完璧に管理し続けました。