日本の色の名前が持つ美しき由来と伝統色一覧|コード徹底解説

日本の色の名前が持つ美しき由来と伝統色一覧|コード徹底解説に関する深掘り解説を詳しく解説いたします。

日本の色の名前由来を紐解くと、そこには自然への畏敬の念と、時代ごとの社会制度が鮮明に浮かび上がる。現代のように人工顔料が存在しなかった時代、色は自然の草木や鉱物を媒染(ばいせん)して定着させる極めて過酷な手仕事の産物だった。

茜色意味と歴史を語る上で欠かせないのが、日本最古の歌集『万葉集』に収録された額田王の有名な歌「あかねさす紫野行き標野行き……」である。「あかねさす」が「日」「昼」「紫」の枕詞として用いられたことからも明らかなように、アカネ科の多年草である茜(あかね)の根を乾燥させて染め出す赤は、古代人にとって昇る太陽や生命力そのものを象徴していた。赤根(あかね)が語源とされ、日の丸の赤の原点ともいえる神聖な輝きを放っていた事実が記録に残されている。

一方、幕末の動乱期を駆け抜けた新選組浅葱色由来には、ロマンと現実の両面が存在する。浅葱色(あさぎいろ)はタデアイで薄く染め上げたわずかに緑みを帯びた明るい青だが、当時の武士階級にとって浅葱色は「切腹の際に身につける白小袖の上の裃(かみしも)」の色として知られていた。局長の近藤勇や土方歳三らがこの色を羽織に採用した背景には、「いつ何時でも死を覚悟して主君に尽くす」という決死の武士道精神が込められていたとされる。ただし後述するように、当時の市井の評価は現代のイメージとは大きく異なっていた。

こうした色彩の序列化の起源は、推古天皇11年(603年)に聖徳太子が定めた「冠位十二階」にまで遡る。冠位十二階色の序列において、最高位の「大徳」に割り当てられたのは濃紫(こきむらさき)であった。ムラサキ草の根(紫根)による染色は極めて高度な技術と膨大な原料を必要としたため、紫は高貴さの絶対的象徴となり、のちに庶民の着用を禁じる「禁色(きんじき)」へと発展していった。青、赤、黄、白、黒と続く序列は古代中国の五行思想を取り入れたものであり、日本の色は誕生の瞬間から政治的権威と密接に結びついていたのである。

加藤 愛美

加藤 愛美

エンタメ専門ジャーナリスト

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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