ぴんからトリオ「女のみち」なぜ400万枚超も売れた?解散の真相を徹底解説
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ミリオンセラーを連発し、頂点を極めたぴんからトリオでしたが、その栄光の時間は長くは続きませんでした。レコード大賞をはじめとする数々の賞を受賞した直後、昭和48年(1973年)秋に突如として解散(並木ひろしの脱退)が発表されます。
ファンの間で長年議論されてきたぴんからトリオの解散理由には、急激な大成功に伴う構造的な歪みがありました。
- 音楽的・芸人としての方向性の対立:もともと松竹芸能に所属する「音曲漫才」のトリオとして活動していた彼らですが、大ヒットによって純粋な「演歌歌手」としてのスケジュールが過密化。漫才師としてのアイデンティティと歌手活動の間で葛藤が生じました。
- 主導権と印税・ギャランティをめぐる摩擦:強烈なキャラクターでフロントに立つ宮史郎、リーダーとして作曲やアレンジを担う並木ひろし、そして宮史郎の実兄として支える宮五郎という3者の力関係が、莫大な金銭と名声の発生によってバランスを崩していきました。
並木ひろしは脱退後、自らのグループ「並木ひろしとタッグ社」を結成し、『めぐり逢い』などのヒットを放ちます。一方、残された宮兄弟はぴんから兄弟のメンバー(宮史郎・宮五郎)としてデュオを結成。同年の『女のみち』でのNHK紅白歌合戦への初出場は、脱退直後の「ぴんから兄弟」名義で果たされることとなりました。