芸能界の女帝メリー喜多川の実像と権力構造|遺産と現在語られる評価

芸能界の女帝メリー喜多川の実像と権力構造|遺産と現在語られる評価を徹底追究! 読者が気になる 情報と解説を凝縮して配信します。

メリー喜多川氏は1926年12月25日、アメリカ・ロサンゼルスで高野山真言宗米国別院の僧侶であった父・喜多川諦道氏の長女として生まれました。幼少期に一家で帰国し、大阪で育ちますが、太平洋戦争の戦火の中で母親を亡くすなど過酷な青春時代を過ごしています。敗戦後、弟のジャニー喜多川氏らと共に再び渡米し、ロサンゼルス・シティー・カレッジを卒業。日米の文化や語学に精通したバイリンガルとしての素養は、この時期に培われました。

1950年代に再来日したメリー氏は、東京・四谷三丁目の円通寺坂入口にカウンターバー「スポット」を開業します。この店は当時の文化人や政財界人、文壇の著名人が集うサロンとなり、彼女の卓越した接客術と人脈形成力が開花しました。ここで運命の出会いを果たしたのが、後に夫となる気鋭の作家・藤島泰輔氏でした。

当時の藤島氏は学習院大学出身で上皇陛下の学友としても知られ、小説『孤族の悪魔』などで脚光を浴びていた富裕層のセレブリティでした。すでに家庭を持っていた藤島氏とメリー氏の関係は長らく内縁関係にありましたが、1966年に長女・藤島ジュリー景子氏が誕生。その後、藤島氏の前妻との離婚を経て正式に入籍しました。藤島氏が持っていた政財界・上流階級の太いパイプと資金力は、創業期のジャニーズ事務所を社会的に信用させ、強固な後ろ盾となる決定的な要素でした。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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