最愛王ルイ15世はなぜ国を滅亡へ導いたか|寵姫スキャンダルと革命の真相
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1715年、わずか5歳で即位したルイ15世は、類まれな美貌を備えた少年王として国民の熱狂的な愛を一身に浴びていました。1744年のオーストリア継承戦争の折、親征先のメスで重病に倒れた際には、国中で王の快復を祈るミサが捧げられ、奇跡的な生還を果たした彼に国民は自発的に「最愛王(Le Bien-Aimé)」の称号を捧げました。
しかし、この熱狂は長くは続きませんでした。成長したルイ15世は政治に対する極度の倦怠感と無気力に苛まれ、国家の意思決定を側近や寵姫たちへ丸投げするようになります。フランス国立図書館所蔵の当時の外交書簡や宮廷日誌によれば、王は「退屈」を何よりも恐れ、執務室での激務から逃れるように狩猟と夜宴に耽溺していきました。
決定打となったのは、1756年から1763年にかけて行われた七年戦争の惨敗です。イギリスとの植民地争奪戦に敗北したフランスは、パリ条約により北米大陸の広大なカナダ領土やインドの拠点を一挙に喪失。国家財政は天文学的な赤字に転落しました。かつて王の命を救うために祈ったパリの民衆は、重税と敗戦の屈辱に喘ぎ、王を「国家を浪費する背信者」として激しく罵るようになったのです。