旧戸籍に「妾」が実在した衝撃の真相|明治の法制度と廃止の理由を徹底解説

旧戸籍に「妾」が実在した衝撃の真相|明治の法制度と廃止の理由を徹底解説に関する最新の話題を詳しく解説いたします。

ネット上の掲示板やSNSでは、戸籍と妾制度に関して数多くの誤解やデマが散見されます。法制史と現行法の観点から、知っておくべき決定的な盲点を整理します。

誤解1:「役所に行けば、誰でも妾が載った壬申戸籍を見られる」という嘘

「自分の家系図を調べるために、初代の壬申戸籍を取り寄せたい」と役所を訪れる人がいますが、それは法的に100%不可能です。1872年の壬申戸籍には、妾の記載だけでなく、旧士族・平民の身分表記、さらには旧被差別部落の指定地域や出自に関する差別的な記載が全国規模で網羅されていました。

昭和中期、これらの戸籍情報が悪質な興信所や結婚差別・就職差別の身元調査に悪用される事件(部落地名総鑑事件など)が多発したことを受け、1968年(昭和43年)に法務省は壬申戸籍の閲覧・交付を全面的に停止しました。現在、壬申戸籍は各自治体の厳重な金庫に封印され、法務局の徹底的な管理下にあり、いかなる理由があっても子孫本人すら閲覧することは法律で禁じられています。

誤解2:「昔は妾の子も本妻の子も平等に相続できた」という誤謬

明治民法において、家督相続(家の長としての権利)や財産相続において、妾の子である「庶子」は明確に差別されていました。男子であっても、正妻の産んだ嫡出男子が存在する場合は相続順位が劣後し、遺産分割においても「庶子の相続分は、嫡出子の2分の1」と法律で固定されていたのです。

この「婚外子の法定相続分は嫡出子の半分」という明治以来の格差条項は、驚くべきことに戦後の現行民法第900条第4号ただし書にもそのまま引き継がれました。この規定が「法の下の平等に反し違憲である」として最高裁判所大法廷で打ち破られたのは、なんと2013年(平成25年)9月4日のことです。明治初期の妾制度に端を発した非嫡出子に対する法的な区別は、21世紀の令和直前まで日本の法制度に暗い影を落とし続けていたのです。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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