新庄剛志が高校時代に刻んだ伝説!西短での秘話と甲子園の真相に迫る

新庄剛志が高校時代に刻んだ伝説!西短での秘話と甲子園の真相に迫るの要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。

甲子園未出場でありながら、なぜ新庄剛志は高卒でプロの世界へ飛び込むことができたのか。当時の同世代トッププロスペクト(1989年ドラフト組)との客観的データを比較検証します。

選手名(高校)高校通算本塁打 / 球速甲子園最高成績1989年ドラフト結果新庄 剛志(西日本短大付)通算15本 / 最速140km/h超・遠投115m地方大会決勝敗退(出場なし)阪神タイガース 5位指名元木 大介(上宮)通算24本 / 甲子園通算6本塁打センバツ準優勝ダイエー1位(入団拒否→浪人)佐々木 主浩(東北高校)※大卒最速140km/h後半(東北福祉大経由)甲子園春夏通算3回出場大洋ホエールズ 1位指名野茂 英雄(新日鉄堺)※社会人トルネード投法 / 最速150km/h超甲子園出場なし(成城工高)史上最多8球団競合 近鉄1位

甲子園で名を馳せた全国区のスター選手が上位を占める中、新庄の指名順位は5位と決して高くありませんでした。しかし、担当スカウトであった阪神タイガースの渡辺省三スカウトは、新庄の「打球に対する異常な反応の速さ」と「手足の長さが生み出す無限の成長余力」を高く評価。完成された甲子園の有名選手よりも、将来の天井が測り知れない素材型として指名に踏み切ったのです。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest