アントニオ猪木と北朝鮮の知られざる真実!師・力道山と平和の祭典
アントニオ猪木と北朝鮮の知られざる真実!師・力道山と平和の祭典を詳しくリサーチ! 読者が気になる 情報と解説を凝縮して配信します。
1995年4月、平壌の綾羅島(ルンナド)5月1日競技場で開催された「平壌国際平和体育・文化祝典」。2日間で延べ38万人の大観衆が集まったこのイベントは、まさにプロレス興行業界の歴史を塗り替える前代未聞の怪挙だった。超満員のスタンドに響き渡る万雷の拍手と異様な歓声。アメリカから招聘されたリック・フレアーと猪木の一戦は、東西冷戦の残り香が漂う世界に強烈なパンチを叩き込んだ。
だが、華やかなリングの裏側には、綱渡りの政治交渉が存在していた。平壌の当局は最初、プロレスを「資本主義の退廃的なショー」として拒絶反応を示していたという。そこを粘り強く説得したのが猪木だった。自らの看板団体である新日本プロレスの選手層を惜しみなく投入し、スポーツ外交の結実としてイベントを成功させた。国家のメンツとプロレスラーの意地が交錯するギリギリの現場で、猪木は自らの体を張って開催を取り付けたのだった。