町田は神奈川県なのか東京都なのか?歴史と県境の謎を徹底検証
町田は神奈川県なのか東京都なのか?歴史と県境の謎を徹底検証の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でまとめました。
町田と神奈川の不可分な関係を語る上で欠かせないのが、市街地のすぐ脇を流れる一級河川「境川(さかいがわ)」の存在です。この川はかつて武蔵国(東京側)と相模国(神奈川側)の国境であり、現在も東京都町田市と神奈川県相模原市・大和市の都県境となっています。
昭和初期までの境川は激しく蛇行を繰り返す暴れ川であり、大雨のたびに氾濫を起こしていました。戦後の河川改修事業によって流路が直線化された結果、旧流路の蛇行跡に引かれたままの都県境と、新しく整備された実際の河川流路との間に大きな食い違いが発生しました。
その結果、「川の対岸(相模原側)にあるのに住所は東京都町田市」「町田側に食い込んでいるのに神奈川県相模原市」という町田市 県境 飛び地が川沿いに無数に点在することになったのです。
この歪な県境は、住民生活に深刻な支障をもたらしました。例えば、ゴミ収集車が川を渡って細い飛び地まで回収に行かなければならない、火災発生時に相模原の消防車が先着しても管轄が町田市側であるため無線照会に時間を要する、救急車の搬送先選定が複雑化する、といった実害が生じていたのです。
事態を重く見た町田市と相模原市は、1999年から両市の間で町田 相模原 境界変更事業を本格化させました。「川の中心線を新しく正式な都県境にする」という方針に基づき、飛び地となった土地と住民の所属を相互に交換・編入する作業が段階的に進められています。すでに数十次にわたる境界変更が成立していますが、複雑な権利関係や公図の照合が伴うため、完全な解消には今なお地道な協議が続けられています。