鳥羽伏見の戦いなぜ旧幕府軍は敗北?勝敗の要因と慶喜逃亡の真相

鳥羽伏見の戦いなぜ旧幕府軍は敗北?勝敗の要因と慶喜逃亡の真相の真相について、専門知識を基に徹底解説します。

両軍の戦力構成を客観的に比較すると、単なる人数の多寡では測れない「組織構造と戦術思想の決定的なギャップ」が浮かび上がります。旧幕府軍は数で勝っていたものの、指揮系統が分裂した寄り合い所帯であり、狭隘な街道を進軍する縦長隊列を新政府軍の近代火器に狙い撃ちされる結果となりました。

項目新政府軍(薩摩・長州・土佐)旧幕府軍(幕府歩兵・会津・桑名等)戦況への影響・分析動員兵力約5,000人約15,000人(3倍)旧幕側は街道のボトルネックで大半の兵力を後方に余らせた主力小銃ミニエー銃、スナイドル銃、エンフィールド銃ゲベール銃(滑腔銃)、一部ミニエー銃射程・命中精度に3〜5倍の開きがあり、射程外から制圧主力砲兵アームストロング砲、四斤山砲(施条砲)旧式青銅砲、四斤山砲(一部)新政府軍の炸裂弾と連続射撃が街道上の旧幕府軍を破砕指揮統制西郷隆盛・大山巌らによる一元化された戦術指揮大目付・滝川具挙ら名目上の上級旗本と実戦部隊の分断旧幕側は最前線指揮官の戦死・逃走時に部隊再編成が不能に死傷者数戦死 約100〜150人 / 負傷 約300人戦死 約280〜500人 / 負傷 約1,000人以上局地戦での圧倒的キルレシオが旧幕将兵の士気を粉砕

旧幕府軍の前衛を務めた幕府歩兵隊や会津藩兵は、依然として旧式のゲベール銃(有効射程約100m、命中精度が低い滑腔銃)を多数使用していました。対する薩摩・長州軍は、ライフリング(施条)が施されたミニエー銃(有効射程300〜500m)や最新鋭のアームストロング砲・四斤山砲を前線に配置。鳥羽街道・伏見街道という一本道で進軍する旧幕府軍に対し、アウトレンジからの猛烈な十字砲火を浴びせたのです。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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