漫画『はだしのゲン』削除はなぜ?閲覧制限の衝撃真相と教育現場の今
漫画『はだしのゲン』削除はなぜ?閲覧制限の衝撃真相と教育現場の今の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。
『はだしのゲン』の波乱に満ちた歴史は、学校現場での論争にとどまりません。そもそも本作は、商業誌としての連載開始当初から幾多の出版上の危機を乗り越えてきた稀有な作品です。
1973年、集英社の看板雑誌『週刊少年ジャンプ』にて連載がスタートしました。当時としても少年誌で本格的な原爆告発を描く試みは異例でしたが、翌1974年にわずか1年2か月(全63話)でジャンプでの連載は打ち切りを迎えます。
この打ち切りの経緯について、アンケート至上主義を徹底していた当時のジャンプ誌面において読者支持率が低迷したことが直接の原因とされています。娯楽性を重視する少年漫画誌において、原爆投下後の惨状や被爆者の差別、凄惨な死の描写は読者層である小学生・中学生にとってあまりに重く、アンケート順位が下位に沈んだためでした。
しかし、中沢啓治の筆は止まりませんでした。ジャンプを離れた後、掲載媒体を左派・言論誌へと移しながら執筆を継続します。
- 『市民』(1975年〜1976年)
- 『文化評論』(1977年〜1980年)
- 『教育評論』(1982年〜1985年)
掲載媒体が教職員や知識人層向けの媒体へ移るにつれ、物語は被爆直後の地獄から、戦後日本の闇(米軍占領下の混乱、ヤクザの暗躍、天皇制や戦争責任への徹底した追及)へと深く切り込んでいきました。現在、単行本として流通している『はだしのゲン 漫画 全巻』(全10巻)の後半部分が前半と比べて極めて先鋭的かつ政治的な色彩を帯びているのは、こうした掲載誌の変遷という過酷な出版史が直接影響しています。