昭和のエロ漫画が過激すぎた真相|少年誌から自販機本まで規制の歴史を追う
昭和のエロ漫画が過激すぎた真相|少年誌から自販機本まで規制の歴史を追うの基本情報から最新動向までを一挙に解説しました。
少年誌における奔放な性描写は、当然ながら教育現場や保護者層との間に激しい摩擦を生み出しました。その最初の頂点が、日本中で大論争を巻き起こした『ハレンチ学園』をめぐる紛争です。
全国の学校で児童・生徒が作中の「モーレツごっこ」を真似て女子生徒のスカートをめくる事例が多発し、全国PTA協議会や教育委員会から猛反発が巻き起こりました。これがハレンチ学園 PTA問題の理由です。各地で漫画雑誌の不買運動が組織され、一部の地域では広場に集めた雑誌に火を放つ「現代の焚書」とも呼べる事態にまで発展しました。永井豪氏は当時の手記や回顧録において、「大人たちの偽善に対する怒りと、表現の自由を守るための孤独な闘いだった」と吐露しています。雑誌側も単に屈するのではなく、作品内でPTAをパロディ化した敵組織を登場させて全面抗争を展開するなど、現在では考えられないほどの激しい反骨精神で応戦しました。
時を経て1980年代に入ると、えびはら武司氏による『まいっちんぐマチコ先生』がさらなる波紋を広げます。女性教師が男子生徒にいたずらを仕掛けられ「まいっちんぐ!」と叫ぶパターンが人気を博しましたが、テレビアニメ化されたことで騒動は全国的な家庭問題へと拡大しました。昭和のお色気シーン アニメ化の経緯を振り返ると、夕方のゴールデンタイムにお茶の間へ露出描写が直接流れ込んだことが、主婦層やPTAの怒りを決定づけたといえます。これがまいっちんぐマチコ先生 規制の経緯における最大の転換点となり、スポンサーへの直接抗議や放送局への申し入れが激化、やがて番組の打ち切りや原作漫画の自主規制へと追い込まれていきました。