早起きは三文の徳は今のいくら?鹿の罰金説と「得」との違いに迫る驚きの真相
早起きは三文の徳は今のいくら?鹿の罰金説と「得」との違いに迫る驚きの真相とは一体何なのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。
ことわざに含まれる「三文(さんもん)」とは、具体的にどの程度の価値だったのでしょうか。江戸中期の通貨制度をもとに、日本銀行金融研究所の歴史的換算指標や物価資料を突き合わせると、意外な実態が判明します。
江戸時代、庶民の日常通貨であった寛永通宝(銅銭)は、1文が現在の貨幣価値でおよそ15円から30円程度と推定されています。天保年間の江戸庶民が食べていた掛け蕎麦1杯が16文(約300円〜400円相当)だったことを考慮すると、三文は現代のお金でおよそ50円〜100円程度という極めて少額な小銭に過ぎません。
日本語には「二死三文(二度死ぬほどの苦労をしても三文にしかならない)」「三文文士(安物の売れない小説家)」「三文芝居」といった表現があるように、「三文=ごくわずか、取るに足らないもの」の代名詞でした。つまり、本来のニュアンスは「朝早く起きたところで、せいぜい数十円程度の得にしかならない」という皮肉混じりの表現だったとする見方も根強く残っています。しかし、その「わずか数十円の価値であっても、積み重なれば馬鹿にならない」「たとえ微々たるものでも寝坊するよりは遥かにマシだ」という庶民の堅実な生活倫理へと転じていきました。
そして、この「三文」の由来には、歴史ファンの間で広く知られる有名な伝承が存在します。それが、奈良の鹿にまつわる過失罰金説です。
古くから春日大社の「神の使い(神鹿)」として手厚く保護されてきた奈良の鹿は、江戸時代においても特別な存在でした。万が一、鹿を傷つけたり死なせたりした場合、過失であっても厳罰が下され、一説には「銀三文」あるいは「銭三文」の罰金(町中連座の過怠金)が科されたと伝えられています。そのため、当時の奈良の町人たちは、夜の間に自宅の門前で鹿が息絶えていないかを確認するため毎朝誰よりも早く起き、もし死骸を見つけたら慌てて隣家の敷地へ押し出したという生々しい逸話が語り継がれています。「早起きをすれば三文の罰金を払わずに済む(=三文の得)」という、生活を守るための必死な防衛行動が語源になったという説です。
なお、語源にはもうひとつ、中国・北宋時代の文人である楼鑰(ろうやく)が遺した詩句「黎明起きれば即ち三文の利あり」に由来するという古典文学説も存在します。教訓としての中国起源説と、庶民の現実的トラブルから生まれた奈良の民話説という二重のルーツが、この言葉に深みを与えています。