竹島はどこにある?地図上の位置と今さら聞けない領有権問題の真相を解説
竹島はどこにある?地図上の位置と今さら聞けない領有権問題の真相を解説についての真相を徹底解説します。
竹島が日本の領土として認識され、利用されてきた歴史は江戸時代初期にまで遡ります。幕府公認のもと、伯耆国(現在の鳥取県)米子の町人である大谷家・村川家が鬱陵島へ渡航してアワビやアシカを採取する際、竹島はその航路の停泊地および好漁場として活用されていました。当時、日本では鬱陵島を「竹島」、現在の竹島を「松島」と呼んでおり、1696年に鬱陵島への渡航が禁止された後も、現在の竹島への渡航は禁じられませんでした。
19世紀末、隠岐の島町出身の漁業者・中井養三郎が本格的なアシカ猟の事業化を企図し、領土編入と貸下げを政府に願い出ました。これを受けた日本政府は、1905年1月28日の閣議決定において、他国によって占領されている形跡がないことを確認(無主地先占の法理)した上で、島名を「竹島」と命名し、島根県隠岐島庁の所管と定めました。同年2月22日、島根県知事は所属管轄を公示(島根県告示第40号)し、官民一体となったアシカ猟やアワビ採取などの平和的な経済活動が継続して行われました。