城島茂の昔が超絶イケメン!平家派からTokio結成秘話の真相
城島茂の昔が超絶イケメン!平家派からTokio結成秘話の真相にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
華々しいルックスを持ちながらも、彼のジャニーズJr時代の経歴は決して平坦な道のりではありませんでした。奈良県出身の城島茂は、1986年に中学3年生で事務所へ入所。当時はまだ関西在住のジュニアが極めて珍しかった時代であり、週末ごとに夜行列車や新幹線で東京へ通い、合宿所で寝泊まりを繰り返す過酷な日々を送っていました。
その後、光GENJIの社会現象的な大ヒットに伴い、バックダンサーを務める精鋭ユニット「平家派」が結成されます。メンバーには国分太一、坂本昌行、長野博、井ノ原快彦といった、後のV6メンバーらも名を連ねていました。現存する平家派時代の写真では、白のステージ衣装に身を包んだ城島茂が凛とした佇まいでセンター付近に位置しており、Jr.黄金期の礎を築いた重要人物であったことが一目で分かります。
しかし、1980年代後半はアイドル番組が次々と終了し「アイドル冬の時代」が到来。後輩たちが次々にデビューを決めるなか、城島茂は自らの進むべき道を模索します。そこで生まれたのが「自ら楽器を演奏する本格的ロックバンド」という構想でした。これが語り草となっているTOKIO結成秘話の始まりです。
城島茂は自ら事務所幹部へ掛け合い、1989年にベースの山口達也とともに「城島茂バンド(通称・ジョーバンド)」を結成。その後、サポートメンバーだった国分太一、松岡昌宏、そして最年少の長瀬智也が合流し、1994年9月21日『LOVE YOU ONLY』で念願のメジャーデビューを果たしました。華やかなデビュー当時のエピソードの裏には、合宿所でギターを抱えながら誰よりも長くチャンスを待ち続けた青年の執念がありました。