野呂佳代のAkb時代と現在|何期生でなぜ卒業?ブレイクの真相
野呂佳代のAkb時代と現在|何期生でなぜ卒業?ブレイクの真相とはどんな影響があるのか? 背景や要点を整理してお届けします。
現在でこそドラマやバラエティの第一線で活躍する野呂佳代ですが、彼女の芸能キャリアの起点となったのは2006年2月に開催された「AKB48 追加メンバーオーディション」でした。応募総数11,892名の中から選ばれた17名のうちの1人であり、彼女はAKB48の第2期生にあたります。
この2期生によって結成されたのが、のちにAKB48の熱いパフォーマンスの代名詞となる「旧チームK」です。当時の同期メンバーには、後に総選挙で頂点に立つ大島優子をはじめ、圧倒的なキャプテンシーを発揮した秋元才加、抜群の人気を誇った宮澤佐江、河西智美、梅田彩佳、増田有華など、錚々たる顔ぶれが集結していました。
加入当時の野呂佳代は22歳。10代前半から半ばのメンバーが中心だった初期AKB48において、最年長メンバーの一人としてグループを支える立ち位置でした。オーディション応募の書類審査で年齢を20歳と少しサバを読んで通過したというエピソードは、のちにバラエティ番組でも本人が笑い話として告白していますが、それだけアイドルという夢にかける思いは人一倍切実なものでした。
AKB48選抜歴に目を向けると、インディーズを経て記念すべきメジャー1stシングルとなった『会いたかった』(2006年10月リリース)、そして4thシングル『BINGO!』(2007年7月リリース)の2作で表題曲選抜メンバーに選出されています。当時の昔・若い頃の劇場公演映像を振り返ると、野呂佳代は持ち前の高いダンススキルと安定した歌唱力、そして観客を瞬時に巻き込む抜群のMC力で、劇場公演における絶対的なムードメーカーとして輝きを放っていました。