函館最古の山上大神宮とは?歴史と箱館戦争の秘話&御朱印を徹底解説
函館最古の山上大神宮とは?歴史と箱館戦争の秘話&御朱印を徹底解説の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。
山上大神宮を語る上で欠かせないのが、幕末から明治維新にかけての重厚な歴史的ドラマです。函館市史や現地記録によると、慶応4年(1868年)から明治2年(1869年)にかけて勃発した箱館戦争において、この神社は歴史の表舞台に立ち合いました。
榎本武揚率いる旧幕府脱走軍に身を投じた桑名藩主・松平定敬(まつだいらさだあき)は、箱館進軍時に山上大神宮を本陣(御座所)として使用しました。激戦の最中、将兵たちが武運を祈願し、函館の街と海を見下ろしながら戦略を練った舞台が、まさにこの境内でした。
さらに注目すべきは、第8代神職を務めた澤辺琢磨(さわべたくま)の存在です。土佐藩士であり、幕末の英雄・坂本龍馬の従兄弟にあたる人物でした。武術に秀でた澤辺は、箱館神明宮の宮司・澤辺家の婿養子となり神職を継ぎましたが、ロシア領事館付司祭・ニコライと運命的な対峙を果たします。当初は異教を排斥する目的で接近したものの、対話を重ねる中でキリスト教の教理に深く感銘を受け、のちに日本人初のハリストス正教会司祭へと転身を遂げました。境内に立つと、武士・神職・聖職者という激動の時代を駆け抜けた先人たちの息遣いが確かに感じられます。