昭和天皇の第一皇女・東久邇成子 波乱の生涯と秘められた家族愛
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夫である東久邇盛厚との夫婦仲は極めて睦まじく、二人の間には五人の子宝が恵まれた。かつて陸軍将校だった東久邇盛厚もまた、戦後は実業の世界で苦労を重ねたが、二人は互いを支え合い、穏やかな家庭を築こうと尽力した。
しかし、幸せな日常は突如として崩れ去る。1960年頃から東久邇成子の体調は急激に悪化。結腸がんと診断された時には、すでに病状は深刻な段階に達していた。宮内庁病院に入院中も、彼女は周囲への感謝を忘れず、見舞いに訪れる昭和天皇や香淳皇后に対して明るく振る舞い続けたという。1961年7月23日、満35歳の若さで息を引き取った際、昭和天皇は深い悲しみに包まれ、しばらくの間静養を余儀なくされた。早すぎる別れは、皇室全体に深い傷痕を残したのである。