神ギターMsgの軌跡と脱退劇の真相|2026年現在の活動と名盤解剖

神ギターMsgの軌跡と脱退劇の真相|2026年現在の活動と名盤解剖の基本情報から最新動向までを一挙に解説しました。

MSGの歴史を語る上で避けて通れないのが、フロントマンたちを取り巻く激しい摩擦と不可解な交代劇です。なぜ彼らはバンドを去らねばならなかったのか、当時のマネジメント記録や後年の回想録からその深層に迫ります。

ゲイリー・バーデン脱退経緯:増大するプレッシャーとボーカル技量の限界

無名に近い状態からマイケルに抜擢されたゲイリー・バーデンは、親しみやすいメロディラインと誠実な人柄で初期MSGの顔となりました。しかし、過酷なワールドツアーと世界的なアリーナバンドへの階段を駆け上がるにつれ、彼の喉は疲弊し、ピッチの不安定さが露呈するようになります。

マネジメント陣(ピーター・メンチら)は「世界制覇のためにはロバート・プラントやロニー・ジェイムス・ディオ級の超一流シンガーが必要だ」とマイケルに強く進言しました。マイケル自身も音楽的なスケールアップを渇望していたことから、セカンドアルバム発表後のツアー終了をもって、ゲイリーは事実上の戦力外通告を受ける形でバンドを離れることになりました。

コージー・パウエル脱退の理由:主導権争いとプロフェッショナリズムの衝突

レインボーを脱退したドラム界のカリスマ、コージー・パウエルの加入はMSGを世界基準のモンスターバンドへと押し上げました。しかし、二人の天才の蜜月は長くは続きませんでした。コージー・パウエル脱退の理由は、単なる音楽性の違いではなく、バンド運営における「主導権と金銭配分」、そして「プロ意識のズレ」にありました。

当時、百戦錬磨のプロフェッショナルとして完璧なショービジネスを求めるコージーに対し、マイケルは繊細かつ気まぐれで、精神的プレッシャーからリハーサルをボイコットしたり失踪したりするトラブルが頻発していました。後年のインタビューでコージーが漏らしたように、「マイケルをコントロールすることは不可能であり、彼の精神的アップダウンに付き合い続けることに限界を感じた」ことが決定打となり、1982年春、コージーはMSGを去っていきました。

グラハム・ボネット解雇の真相:シェフィールドの悪夢とわずか1回のリハーサル

ロック史上最も不名誉なハプニングとして語り継がれているのが、グラハム・ボネット解雇の真相です。コージーの後任に元センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドのテッド・マッケンナを迎え、ボーカルに元レインボーの超絶シンガー、グラハム・ボネットを獲得して制作された『黙示録』は、大傑作の呼び声が高い作品でした。

しかし、アルバム発売直前の1982年8月、イングランドのシェフィールド大学で行われたウォームアップ・ギグで悲劇が起きます。重度のアルコール酩酊状態だったグラハムは、ステージ上で歌詞を完全に忘れ、マイケルと口論になった末、ズボンのジッパーを下ろして下半身を観客に露出するという暴挙に出てしまいました。

わずか数曲で演奏を中断したマイケルは激怒し、即座にグラハムを解雇。数日後に迫っていた大型野外フェス「レディング・フェスティバル」への出演危機を救ったのは、皮肉にも解雇したばかりのゲイリー・バーデンを急遽呼び戻すという劇的なウルトラCでした。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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