トルコはアジアか欧州か?領土の境界線と国際機関の扱いを徹底解明
トルコはアジアか欧州か?領土の境界線と国際機関の扱いを徹底解明について押さえておきたい 理由を分かりやすい構成で解説いたします。
日本国内で「トルコ=ヨーロッパ」という印象が最も強く刷り込まれている要因は、間違いなくサッカーの国際大会です。FIFAワールドカップの予選において、トルコ代表はアジア最終予選ではなく欧州予選を戦っており、欧州最強国を決めるEURO(欧州選手権)の常連でもあります。ガラタサライ、フェネルバフチェ、ベシクタシュといった強豪クラブがUEFAチャンピオンズリーグでバイエルン・ミュンヘンやレアル・マドリードと激突する光景は、サッカーファンには馴染み深い日常です。
なぜトルコはアジアサッカー連盟(AFC)ではなく、欧州サッカー連盟(UEFA)に所属しているのでしょうか。その歴史は1962年に遡ります。
トルコサッカー連盟(TFF)自体は1923年に設立され、同年にFIFAへ加盟しました。当時、アジアサッカー連盟(AFC)が発足したのは1954年のことですが、創設当初のAFCは極東や東南アジアが主導しており、中東や西アジア諸国とのインフラ面・移動面の物理的距離は絶望的でした。飛行機移動が一般的でなかった時代、アンカラやイスタンブールから東京やマニラへ遠征するコストと所要時間は莫大であり、地理的に隣接するバルカン半島や南欧諸国との対戦を模索する方が圧倒的に現実的だったのです。
加えて、当時のトルコ政府が推し進めていた徹底した「西欧化(近代化)政策」という国家方針が強く後押ししました。政治・軍事・文化のあらゆる分野で「西側諸国の一員」であることを証明しようとしていたトルコにとって、欧州のスポーツ組織への合流は国家的な至上命題でした。その結果、1962年にUEFAへの準加盟が認められ、後に正式加盟を果たします。
経済的な動機も無視できません。欧州サッカー界に身を置くことで得られる放映権収入、スポンサー契約、移籍マーケットの規模はアジアの比ではありません。激しい競争環境に身を置くことで、トルコ代表は2002年日韓ワールドカップで3位入賞を果たし、EURO 2008でもベスト4へと躍進しました。トルコのサッカー界関係者は過去のインタビュー取材において「欧州の最高峰で揉まれることこそがトルコサッカーの命綱であり、今さらアジア予選へ戻る選択肢はあり得ない」と一貫して語っています。