四大財閥の真相|なぜ安田が並ぶのか?序列と解体の歴史から探る現在

四大財閥の真相|なぜ安田が並ぶのか?序列と解体の歴史から探る現在とはどのようなものなのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

四大財閥の企業風土や現代に続く強みは、それぞれの創業期におけるリーダーシップと成り立ちに強く規定されています。4つの源流を振り返ると、極めて個性的な創業者の肖像が浮き彫りになります。

三菱財閥:岩崎弥太郎
土佐藩の地下浪人という過酷な境遇から這い上がった岩崎弥太郎は、明治維新の混乱期に九十九商会(後の三菱商会)を設立。台湾出兵や西南戦争における軍事輸送を一手に引き受け、海運業で巨万の富を築きました。「国家あっての三菱」という強い国家意識と強力なトップダウン体制は、今なお受け継がれる「組織の三菱」の原点となっています。

三井財閥:三井高利
伊勢松阪の商人であった三井高利が1673年に江戸日本橋へ開いた呉服店「越後屋(現・三越)」がルーツです。当時の商習慣を覆す「店前現銀売り(現金定価販売)」を導入して庶民の絶大な支持を集め、両替商へと進出。明治維新後は三野村利左衛門らの活躍により官金出納を担い、政府との太いパイプを築きました。個人の才覚を重んじる気風から「人の三井」と称されます。

住友財閥:住友政友
17世紀初頭、京都で書物と薬の商いを営んだ住友政友を開祖とし、その義兄である蘇我理右衛門が編み出した南蛮吹き(銅と銀の精錬技術)が技術的基盤となりました。元禄期に開坑した「別子銅山」は、実に280年以上にわたり富を生み出し続けました。政友の遺訓『文殊院旨意書』に基づく厳格な商業倫理と堅実経営は、今も「結束の住友」「浮利を追わず」の信条として脈々と息づいています。

安田財閥:安田善次郎
越中富山の貧しい下級武士の家に生まれた善次郎は、20歳で単身江戸へ上り、両替屋の丁稚奉公から身を起こしました。玩具の行商や鰹節商を経て「安田屋」を開業。徹底した勤倹倹約と卓越した相場観で資産を築き、安田銀行(後の富士銀行)を設立しました。東京大学の安田講堂や日比谷公会堂の建設資金を匿名で寄付するなど、独自の美学を持った伝説の金融王です。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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