植松聖の現在と死刑確定後の獄中生活|やまゆり園事件の動機と生い立ち
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植松聖の生い立ちを紐解くと、幼少期は決して「狂気を孕んだ問題児」として孤立していたわけではありませんでした。神奈川県相模原市で生まれた植松は、小学校の図工教師であった父親と、イラスト関係の仕事に携わっていた母親のもとで、何不自由のない中流家庭で育ちました。
近隣住民の証言や小中学校時代の同級生の回想によると、幼少期の植松は「礼儀正しく、明るい少年」として知られていました。父親は地域活動にも熱心で、絵画指導などを通じて息子への教育に力を注いでいたとされます。しかし、思春期以降、父親の高い期待と植松自身の内面的な能力・自己評価との間に乖離が生じ始めました。
高校卒業後、植松は帝京大学文学部教育学科へ進学し、小学校教員免許の取得を目指して教育実習も経験しました。大学関係者の証言では、一見社交的で人当たりの良い学生に見えながらも、次第に派手な交友関係に傾倒し、刺青(タトゥー)を入れ始め、大麻などの違法薬物に手を染めるようになります。教員採用試験には合格せず、一般企業へ就職したものの短期間で退職。この時期から「特別な存在でありたい」という肥大化した自己愛と、現実の停滞とのギャップが深まっていきました。
2012年、両親は実家を出て別の場所へ転居し、植松は一人で実家に暮らすようになります。近隣トラブルや奇行が目立ち始めたのもこの頃であり、父親をはじめとする家族との心理的距離は決定的に広がっていきました。