【難読漢字】伯刺西爾の読み方は?ブラジルと読む歴史の真相と略称の謎
【難読漢字】伯刺西爾の読み方は?ブラジルと読む歴史の真相と略称の謎の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でまとめました。
日本とブラジルの関係を語る上で欠かせないのが「日伯」という呼称です。なぜ「刺」や「西」ではなく、先頭の「伯」が選ばれたのでしょうか。
外務省外交史料館に残る記録によると、1895年(明治28年)に「日伯修好通商航海条約」がパリで調印されました。明治政府は欧米列強との国名略称を定めるにあたり、原則として「国名漢字の第1文字を採用する」という方針を採っていました。アメリカ=米、イギリス(英吉利)=英、フランス(仏蘭西)=仏、ドイツ(独逸)=独と同様に、ブラジル(伯剌西爾)は「伯」と決定されたのです。
さらに歴史的な絆を決定づけたのが、1908年(明治41年)4月28日、781名の日本人移住者を乗せて神戸港を出港した移民船「笠戸丸(かさとまる)」の出航でした。当時の移民手記や渡航記録には、次のような生々しい言葉が遺されています。
「未知なる南米の新天地、伯国の大地に希望を託し、我らは赤道を越えた」
過酷なコーヒー農園での労働から始まり、サンパウロを中心に世界最大の在外日系人社会(約200万人以上)を築き上げた歴史的過程の中で、官公庁の公電、邦字新聞、日系コミュニティの記録において「伯国」「在伯日本人」という用語が日常的に定着しました。単なる言葉遊びではなく、血と汗の移民史が「伯」という一文字に命を吹き込んだと言えます。