豊臣秀吉の身長は140Cm台?甲冑や遺骨調査から迫る天下人の真実
豊臣秀吉の身長は140Cm台?甲冑や遺骨調査から迫る天下人の真実に関する基本知識を初心者にも親しみやすくまとめました。要点を確実におさえることができます。
戦国大名の正確な身長測定において、最も決定的な証拠となるのは「遺骨の法医学・人類学的調査」です。例えば仙台藩主・伊達政宗は瑞鳳殿の発掘調査により、大腿骨長から「身長159.4cm、血液型B型」と極めて精緻に特定されました。
では、豊臣秀吉の遺骨調査は行われていないのでしょうか。
秀吉は慶長3年(1598年)に伏見城で没した後、京都の阿弥陀ヶ峰山頂(豊国廟)に葬られました。しかし、豊臣家滅亡後に徳川幕府によって廟所は徹底的に破壊され、遺体は手厚く改葬されることなく放置されました。明治30年(1897年)、豊国廟の再建工事に伴う発掘の際、壺に入った遺骨が発見されたという記録が存在します。
しかしながら、当時の発掘は近代的な形質人類学の手法が確立する前であり、正式な骨格計測データが残される前に丁重に再埋葬されました。そのため、秀吉に関しては現代の科学機器による遺骨の直接計測データが存在しません。現在判明している身長データが「現存する甲冑」「当時の文書」「着物の寸法」からの間接推定に依拠しているのは、こうした歴史的経緯があるためです。