じゃがたらいもの語源と歴史の真相|オランダ船が運んだ食卓革命
じゃがたらいもの語源と歴史の真相|オランダ船が運んだ食卓革命の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。
日本史や文学愛好家の間で古くから語り継がれてきたロマンに、「じゃがたらお春が日本へ望郷の思いを込めて送った手紙と共に、ジャガイモが持ち込まれた」という説があります。歌舞伎や大衆小説、歌謡曲などで繰り返し描かれたことで、昭和期には広く信じられていたエピソードですが、歴史学的な実証研究によってこの俗説は明確に否定されています。
「じゃがたらお春(1625年頃〜1697年)」は実在の人物です。長崎のイタリア人貿易商ニコラオ・マリンと日本人女性の間に生まれましたが、江戸幕府が推し進めたキリシタン弾圧と鎖国政策(寛永16年・1639年の混血児追放令)によって、母や姉とともにジャカルタへ強制追放されました。彼女が故郷・長崎を偲んで認めたとされる「日本恋しや、ゆかしや、見たや」という悲痛な一節を含むジャガタラ文は、鎖国の悲哀を象徴する史料として有名です。
しかし、近年の歴史研究や書簡の筆跡鑑定、平戸・出島の交易記録の照合により、流布したジャガタラ文の多くは後世の国学者や文人によって潤色された創作、あるいは別人の手紙が混交したものと判明しています。さらに、ジャガイモ自体がお春の追放より約40年も前に日本へ持ち込まれていた事実を考慮すれば、彼女がジャガイモを日本へもたらしたという言説は、同じ「ジャガタラ」という異国情緒あふれるキーワードが結びついて生じた後世のフィクションにすぎません。