【海賊とよばれた男】出光佐三の衝撃の生涯!日章丸事件の真相と子孫の現在

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出光佐三の名を世界史に刻むことになった最大のハイライトが、1953年(昭和28年)の「日章丸事件」です。当時、中東の主要産油国だったイランは、モサッデク首相のもとでアングロ・イラニアン石油会社(現BPの前身)が独占していた石油利権の国有化を宣言。これに激怒した大英帝国はペルシャ湾を軍艦で海上封鎖し、イラン産石油の国際取引を禁じる経済制裁を発動しました。

石油を巡るメジャー(国際石油資本)の支配力に日本のエネルギー自立を阻まれていた佐三は、国家間の対立に怯むことなく、イラン政府との秘密交渉を決断します。「国際法上、イランの石油国有化は正当である」と見抜いた佐三は、自社所有の大型タンカー「日章丸二世」(新田新造船長)を極秘裏に派遣。機雷が敷設され英海軍が睨みを利かせるペルシャ湾アバダン港へと突入させました。

日章丸はガソリンと軽油を満載し、英国軍の監視の目をかいくぐって川崎港へ無事帰港。イギリス政府は直ちに東京地方裁判所へ積荷の差し押さえを申し立て、国際裁判へと発展します。法廷に立った出光側は、国際法に基づいた取引の正当性を毅然と主張。結果として英国側が提訴を取り下げ、日本の司法が出光の全面勝利を認める判決を下しました。この快挙は、欧米列強の植民地支配に苦しんでいたアジア・中東諸国に計り知れない勇気を与え、戦後日本の国際的地位向上にも決定的な影響をもたらしました。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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