Asayanオーディションの光と影!伝説の合格者と落選者の現在
Asayanオーディションの光と影!伝説の合格者と落選者の現在を詳しくリサーチ! 知っておきたい トピックの裏側を凝縮して配信します。
小室プロデュースに続き、番組の第二黄金期を築いたのがシャ乱Qのボーカル・つんく(現・つんく♂)によるアイドルプロデュースでした。その原点となったのが、1997年に開催された「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」です。
約9,900人の応募者の中から優勝したのは平家みちよでした。しかし、この審査の真のドラマは、最終選考で惜しくも敗れ去った中澤裕子、石黒彩、飯田圭織、安倍なつみ、福田明日香の5人に用意された「敗者復活条件」から始まります。つんく♂が彼女たちに突きつけた条件は、「インディーズシングル『愛の種』を5日間で5万枚手売りすること」という過酷な試練でした。
全国各地のレコード店を巡り、手弁当でCDを手売りする彼女たちの姿は涙とともに放映され、見事目標を達成。1998年にメジャーデビューを果たしたこの5人組こそが、現在まで続くモーニング娘。の初代メンバーです。
つんく♂のオーディション審査基準は、既存のプロが求める「完成された歌唱力」とは明確に異なっていました。つんく♂が重視したのは、リズム感、声の湿り気(哀愁)、そして何よりも「環境によって化ける余白」でした。その慧眼が最も神話的な形で証明されたのが、1999年の「モーニング娘。第2回追加メンバーオーディション」です。
当時わずか13歳、金髪に近い明るい茶髪で審査会場に現れた後藤真希は、まさに規格外の存在でした。歌唱審査に入った瞬間、審査室の空気が一変したと語り継がれています。つんく♂をして「10年に1人、いや、日本のアイドル史を揺るがす逸材」と言わしめ、当初2名の採用予定枠を急遽変更して彼女1人の「単独合格」を決定しました。後藤真希がセンターを務めた加入直後のシングル『LOVEマシーン』は、グループ初となる累計164万枚以上のミリオンセラーを記録。日本のポップカルチャー史に刻まれる金字塔となりました。