健全な精神は健全な肉体に宿るの嘘?ローマ詩人の皮肉とアシックス秘話

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日本国内において、このラテン語格言は商業ブランディングやサブカルチャーの領域で極めてユニークな進化を遂げました。

世界的なスポーツブランドである「アシックス(ASICS)」の社名こそ、まさにこの格言を基盤として誕生したものです。1949年に神戸で創業した鬼塚商会(鬼塚株式会社)の創業者・鬼塚喜八郎氏は、戦後の混乱期に荒廃した青少年たちの育成に生涯を捧げることを決意しました。その際、兵庫県教育委員会の保健体育課長であった近藤耕平氏から贈られた言葉が、ユウェナリスの詩でした。

鬼塚氏はこの言葉に深く感銘を受け、ラテン語の「Mens(知性・精神)」を「Anima(生命・魂)」へと差し替えた「Anima Sana in Corpore Sano(もし神に祈るならば、健全な肉体に健全な精神があれかしと祈るべきだ)」という標語を創業哲学に据えました。その頭文字(A・S・I・C・S)を繋ぎ合わせたものが、現在のブランド名「ASICS」です。企業理念においては、「祈るべき」という原典の敬虔な願いが真摯に継承されています。

一方で、昭和の文豪たちもこの格言の「原典の皮肉」を的確に見抜いていました。作家の太宰治は1942年発表の中編小説『正義と微笑』の中で、主人公の日記を通じてこう記しています。

「健全な肉体に健全な精神が宿るという諺があるけれど、あれには、ギリシャ原文では(※実際はラテン語)、健全な肉体に健全な精神が宿ったならば! という願望と歎息の意味が含まれているのだそうだ」

太宰は、肉体の健康ばかりを誇示する人間が必ずしも高潔ではないことを見抜き、原典に込められた哀愁と皮肉を鋭く言語化していました。また作家の倉橋由美子も自著の中で、健全な肉体が健全な精神の容器になると信じ切る唯物論者たちへの懐疑を綴っています。

さらに2000年代以降のポップカルチャーに目を向けると、漫画家・大久保篤氏による大ヒット作『ソウルイーター』の冒頭に掲げられた名言「健全なる魂は 健全なる肉体と 健全なる精神に宿る」が代表例です。原典の二元論(精神と肉体)に「魂」という独自の概念を加え、心身の調和こそが個の強さを生むという物語のテーマへ昇華させました。ユウェナリスの言葉は、時代や文脈に応じて形を変えながら、今なお強い磁場を持ち続けています。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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