平井堅『瞳をとじて』歌詞の意味と真相|なぜ今も涙を誘う名曲なのか
平井堅『瞳をとじて』歌詞の意味と真相|なぜ今も涙を誘う名曲なのかの注目ポイントを丁寧に掘り下げてご紹介します。
長年、音楽ファンの間やネット上で議論の対象となってきたのが、松任谷由実(発表当時は荒井由実)が1974年に発表した名曲『瞳を閉じて』との混同や関係性、そして「なぜ平井堅版はすべてひらがな表記なのか」という疑問です。
まず前提として、この2曲はまったく異なる背景とメッセージを持つ別個の作品です。ユーミンの『瞳を閉じて』は、長崎県立奈留高等学校(五島列島)の女子生徒からラジオ番組に届いた「私たちの高校には校歌がありません。作ってください」という手紙をきっかけに制作された楽曲です。離島を離れて都会へ旅立つ若者たちが、故郷の美しい海や風を思い出せるようにと願って作られた、希望とノスタルジーに満ちた愛唱歌でした。
一方、平井堅の楽曲があえて漢字の「閉じて」ではなく、ひらがなの『瞳をとじて』と表記された背景には、作詞者としての繊細な意図が存在します。関係者の証言や当時の制作資料によると、漢字表記の「閉じる」にしてしまうと、視覚的に「外部との関係を完全に遮断する」「心を閉ざす」といった硬質で拒絶的なニュアンスが強くなりすぎてしまう懸念がありました。瞼をふわりと重ね合わせる柔らかな動作、そして傷ついた子供が身を丸めるような無防備さを滲ませるために、平井堅はあえてすべてをひらがなに開く選択をしたとされています。
視覚的なやさしさを纏わせることで、リスナーが自身の個人的な喪失体験を投影しやすい余白を生み出した点こそ、このタイトルの妙手と言えます。