国宝「小竜景光」の全貌|楠木正成伝説の真相と刀剣乱舞人気の秘密
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小竜景光をめぐる歴史の中で、最も人々のロマンを掻き立てるのが「楠木正成の佩刀伝説」です。南北朝時代の知将・楠木正成が常に腰に差していたという言い伝えが存在し、武勇と忠義の象徴として語り継がれてきました。
しかし、近世・近代の古文書や調査資料を突き合わせると、歴史の真相はより複雑でドラマチックな様相を呈しています。同時代史料において楠木正成が本刀を佩用していた直接の物証は確認されておらず、江戸時代中期以降に楠木氏の末裔を名乗る河内国の大庄屋・草名新平氏のもとに伝来していた事実が、伝説の起点とされています。
幕末の弘化年間(1844~1848年頃)、刀剣鑑定の総本山であった本阿弥家に持ち込まれたことで、この名刀の存在が一気に表舞台へ現れます。その後、幕府の御様御用(おためしごよう・刀剣の試し斬り役)を務めていた山田浅右衛門(吉豊・吉利)の手を経て、勘定奉行などを歴任した幕臣・小栗忠順(上野介)の父である小栗忠高の所持となりました。
明治維新の混乱期、本刀は再び山田浅右衛門のもとに戻り、明治6年(1873年)、明治政府の重鎮であった井上馨らの仲介によって明治天皇へ献上されました。刀剣を深く愛好された明治天皇は小竜景光を格別に寵愛し、自らサーベル風の軍刀拵(ぐんとうこしらえ)を新調させて日露戦争などの際にも手元に置いたと伝えられています。戦後、皇室から国へ移管され、昭和27年(1952年)に国宝指定を受けました。