ミラノのドゥオーモ完全攻略2026|予約・服装規定の真相と見どころ
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ミラノのドゥオーモの正式名称は「サンタ・マリア・ナシェンテ教会(Santa Maria Nascente=誕生する聖母マリアに捧げられた聖堂)」です。その建設が始まったのは1386年、当時のミラノ公国領主ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの命によるものでした。しかし、最終的な公式完成宣言が出されたのはなんと1965年。実に579年もの歳月が費やされた計算になります。
なぜ、これほどまでに膨大な時間を要したのでしょうか。最大の要因は「建築様式の対立」と「特殊な石材調達」にありました。
当時、イタリアでは伝統的なロンバルディア様式のロマネスク建築が主流でしたが、ヴィスコンティ公はヨーロッパの先進大国に対抗すべく、フランスやドイツで流行していた「国際ゴシック様式」の採用を強行しました。その結果、招聘された北欧の石工棟梁たちと地元のイタリア人建築家との間で設計思想が激しく衝突し、現場の混乱と設計変更が幾度となく繰り返されたのです。
さらに、外壁を覆うピンクがかった白大理石は、ミラノから北へ約100キロ離れたマッジョーレ湖畔の「カンドリア採石場」から運ばれました。大理石の無償運搬を可能にするため、専用の運河網(現在のナヴィリオ運河の起源)が開削されるなど、国家規模のインフラ整備を伴う難工事であったことも工期が長期化した決定的な理由です。
停滞していた建設を劇的に加速させたのは、1805年にミラノでイタリア王として戴冠式を執り行ったナポレオン・ボナパルトでした。彼は自らの権威を誇示するため、未完成だったファサード(正面外観)の即時完成を命じ、多額の資金を投入。これにより、ゴシックと新古典主義が奇跡的な調和を見せる現在の壮麗な姿が一気に形作られました。