なぜ恐怖の象徴に?アイスホッケーマスクの歴史とジェイソン誕生秘話
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氷上の格闘技とも呼ばれるアイスホッケーにおいて、かつてゴールキーパー(ゴーリー)は素顔のままゴールマウスに立っていました。時速150キロメートルを優に超える硬質ゴム製のパックが飛び交う過酷な環境でありながら、当時は「マスクを被るのは臆病者のすること」という無謀な精神論が支配していたのです。
この危険極まりない不文律を打ち破ったのが、モントリオール・カナディアンズの名ゴーリー、ジャック・プランテでした。1959年11月1日の試合中、相手選手の強烈なシュートが顔面を直撃。鼻骨を骨折し、皮膚が大きく裂ける重傷を負ったプランテは、ロッカールームで縫合手術を受けた後、自作のグラスファイバー製マスクを着用してリンクに戻ることを要求しました。
指揮官トウ・ブレイクは視界が狭まることを理由に猛反対しましたが、プランテは「マスクなしではプレーしない」と一歩も引きませんでした。彼がマスクを着用して連勝を重ねたことで、ゴーリーマスクの歴史は一気に転換点を迎えます。顔面を守るアイスホッケーのゴールキーパー防具としての有用性が証明され、リーグ全体へと急速に普及していきました。