保阪尚希の離婚理由と布袋騒動の真相|実業家で億を稼ぐ現在の全貌
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騒動が過熱を極める中、2004年6月に保阪尚希が単独で開いた離婚会見は、現在でも芸能界の記者会見史における「至高の対応」として語り継がれています。芸能人の不倫会見といえば、怒りを露わにするか、あるいは号泣して同情を引くスタイルが常でした。しかし、保阪尚希は詰めかけた無数の報道陣を前に、仕立ての良いスーツを身にまとい、極めて穏やかな笑みすら浮かべながら口を開いたのです。
保阪尚希は妻を激しく罵ることは一切せず、次のように淡々と語りました。
「彼女には昔から恋愛体質なところがある。それは出会った時から分かっていたことです」
「男として彼女を満足させられず、引き止めておけなかった自分にも責任がある」
さらに、相手方の布袋寅泰に対しても感情的な罵倒を避けつつ、「男ならきちんとしたケジメをつけるべきだ」と筋を通す発言をし、大人の男としての器の大きさを見せつけました。この記者会見によって、世間のバッシングの矛先は保阪尚希から完全に逸れ、彼への同情とリスペクトが一気に高まることとなりました。
そして最も世間を驚かせたのが、子供の親権と離婚慰謝料の条件でした。
通常、母親側の不倫が原因であっても、幼い子供(当時7歳と4歳)の親権は母親が持つケースが圧倒的多数を占めます。しかし、保阪尚希は2人の息子の親権を自らが取得しました。その一方で、高岡早紀および布袋寅泰に対して慰謝料は1円も請求しないという前代未聞の決断を下したのです。
「お金を請求すれば、子供たちの母親に泥を塗ることになる。子供たちにとって母親は世界に一人しかいない」という保阪尚希の哲学によるものでした。親権は父親である保阪尚希が持ちながらも、子育ての実際の現場(監護)においては高岡早紀や彼女の母親とも柔軟に連携を取り、同じマンションの別フロアに住むなど、子供たちに両親の不仲によるトラウマを植え付けないための厳格な配慮がなされました。