上沼恵美子と天童よしみ不仲説の真相とは?半世紀越しの絆と現在の関係
上沼恵美子と天童よしみ不仲説の真相とは?半世紀越しの絆と現在の関係の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でまとめました。
二人の因縁の原点は、昭和40年代前半にまで遡る。まだランドセルを背負っていた幼少期、二人は関西各地で開催されていた歌唱コンクールや、伝説のオーディション番組『日清ちびっこのど自慢』などの大舞台で何度も顔を合わせていた。これが、二人のファンにとって語り草となっている上沼恵美子 天童よしみ 若い頃の経緯である。
当時、天童よしみ(本名・吉田よしみ)は7歳にして圧倒的な声量と音程の正確さを誇り、「のど自慢荒らしの天才少女」として関西一円にその名を轟かせていた。一方の上沼恵美子(旧姓・橋本恵美子)もまた、類まれな美声と天性の歌唱力を持ち、父の手引きで歌手を目指して数々の大会に出場していた。会場に行けば必ず天童よしみがおり、優勝旗を巡って激しくしのぎを削った。ファンの間で度々持ち上がる上沼恵美子 天童よしみ 歌唱力比較だが、上沼自身も後年、「天童さんの歌の上手さは子どものレベルを完全に超越していた」「あの歌声を聴いて、歌手一本で生きていくことの厳しさを痛感した」と振り返っている。
やがて天童よしみはプロ歌手の道へ進み、上沼恵美子は姉との漫才コンビ「海原千里・万里」を結成して爆発的なブームを巻き起こす。歩む道は歌謡界と演芸界に分かれたものの、幼少期に同じ火花を散らしたライバル意識は、大人になるにつれて深い敬意へと昇華していった。