山本五十六の死体と軍刀の謎|検視調書が暴く即死説と美化された最期
山本五十六の死体と軍刀の謎|検視調書が暴く即死説と美化された最期の注目ポイントを丁寧に掘り下げてご紹介します。
墜落の報を受け、陸軍第6師団歩兵第23連隊の濱砂雅俊少尉が率いる捜索隊が、道なき密林と泥濘をかき分けて現場へ急行した。墜落から翌日の4月19日午後、捜索隊が煙の立ち込めるブーゲンビル島のジャングルで目にした光景は、戦後に美談として広まった「軍刀を握った直立不動の遺体」という端正なイメージとは大きく異なっていた。
墜落現場は、樹齢数百年の巨木がなぎ倒され、機体の残骸が広範囲に散乱する地獄絵図だった。機体は炎上し、搭乗員の遺体の多くは激しく炭化していた。その中で、山本長官の遺体は機外へ座席ごと放り出された形で発見された。後に濱砂少尉らが残した手記や証言によると、長官は座席ベルトを締めたまま泥の中に埋もれており、頭を垂れ、白手袋をはめた手は軍刀を握る形にはなっていたものの、熱帯特有の高温多湿によって、すでに遺体の死後硬直と腐敗の兆候が始まっていたという。
「軍刀を杖のように突き、端座して眠るがごとし」という描写は、現場に到着した海軍関係者や軍報道部が、最高指揮官の尊厳を守るために後から付加した虚飾であったことが判明している。濱砂捜索隊の兵士が泥を拭い、長官の手元に軍刀を添えて安置し直したという現場証言が存在しており、見出された瞬間の長官は、凄まじい衝撃力によって座席ごと泥濘に叩きつけられた無残な遭難者の姿そのものだった。