名門銭湯「燕湯」閉店の真相と現在|文化財解体の背景と再開の噂
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燕湯の代名詞といえば、なんといっても「朝風呂」と肌が痛むほどの「あつ湯」でした。かつて東北・信越方面からの夜行列車が早朝の上野駅に到着していた時代、長旅の汗を流すビジネス客や出稼ぎ労働者が燕湯の暖簾をくぐり、1日をスタートさせていました。
浴室の扉を開けると広がるのは、銭湯ペンキ絵師・中島盛夫氏の手による雄大な富士山と、男湯・女湯の境にそびえる「岩富士」です。この岩富士には、現在では採取が厳しく規制されている本物の富士山溶岩が使用されており、湯気に霞む姿はまるで霊峰そのものを仰ぎ見るような迫力がありました。
湯船は「深風呂(激熱)」と「浅風呂(やや熱め)」に分かれていたものの、浅い方でも44℃以上、深い主浴槽に至っては46℃〜48℃超を記録することもしばしばでした。口コミや銭湯ファンの手記には、「1分と浸かっていられない」「足を入れた瞬間に電気が走るような刺激」といったリアルな声が多数残されています。湯上がり後の圧倒的な爽快感と、御徒町周辺で早朝から味わう珈琲や朝食の組み合わせは、下町ならではの至高の体験でした。