映画『二十歳のソウル』実話の全貌と名曲「市船Soul」誕生秘話
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映画『二十歳のソウル』のモデルとなった本人・浅野大義(あさの たいぎ)さんは、市立船橋高校吹奏楽部でトロンボーンを担当していた青年でした。小学生の頃からジャズに親しみ、中学・高校と吹奏楽に青春のすべてを捧げた大義さんは、高校在学中に「自分たちだけのオリジナル応援曲を作りたい」という強い思いから、ピアノに向かってわずか数日で一気にメロディを書き上げました。
それが、現在も市船のチャンステーマとして代々受け継がれている「市船soul」です。一度聴いたら耳から離れない躍動感あふれるリズムと哀愁を帯びた旋律は、演奏されると必ず得点が入る「魔曲」として野球部員やファンの間で瞬く間に伝説化しました。
高校卒業後、大義さんは音楽大学(尚美ミュージックカレッジ専門学校)へ進学し、指導者や作曲家を目指して夢への一歩を踏み出します。しかし、大学2年生の秋、彼の身体を「骨肉腫(骨のがん)」という過酷な病魔が襲いました。激しい痛みや抗がん剤治療の苦しみに耐えながらも、彼は最後まで音楽への情熱を失うことなく、五線譜に自らの命を刻み続けました。