かぐや姫の帝のあごはなぜ尖る?衝撃の角度と作画意図の真相を追う
かぐや姫の帝のあごはなぜ尖る?衝撃の角度と作画意図の真相を追うについて重要なポイントを解説いたします。専門家の見解をご覧ください。
平安時代に成立した原作『竹取物語』をひもとくと、映画版の帝の描写がいかに大胆なアレンジであったかがよく分かります。原作における帝は、求婚を断られた後もかぐや姫とプラトニックな和歌のやり取りを何年も続け、彼女が月に去った後には形見の「不死の薬」を富士山で焼かせるという、極めて誠実で風流な理解者として描かれています。
なぜ高畑監督は、原作の美談をあえて解体し、あのように俗物的な男として描いたのでしょうか。そこには「生身の人間同士の生々しい摩擦」から逃げずに描くという、リアリズムへの強いこだわりがありました。
映画における帝は、富や権力で人の心まで手に入れられると信じ込む「世俗の象徴」です。純粋な生を希求するかぐや姫と、現世の頂点に君臨する帝を鋭く対比させることで、地上の美しさと同時に人間の身勝手さや愚かしさを浮き彫りにする意図が込められていたのです。