なぜ足元だけ?長崎「龍馬のぶーつ像」誕生秘話と絶景撮影の全貌
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長崎市伊良林の小高い丘、木々に囲まれた小さな広場「ポケットパーク」に設置されている「龍馬のぶーつ像」。坂本龍馬全身を描くのではなく、足元のブーツと船の舵輪だけを切り取るという前衛的なデザインを採用した背景には、歴史的な節目と市民の熱い想いが存在します。
慶応元年(1865年)、坂本龍馬と同志たちは薩摩藩や長崎の豪商・小曽根家の援助を受け、日本初のカンパニーとされる「亀山社中」を創設しました。それから130年を経た1995年(平成7年)、歴史遺産を後世に継承しようと結成された市民グループ「亀山社中ば活かす会」が中心となり、記念碑の建立プロジェクトが立ち上がりました。
製作者に選ばれたのは、長崎市出身の著名な彫刻家・山崎和國氏です。山崎氏は、のちに長崎屈指の展望地である風頭公園に建立された威風堂々たる「坂本龍馬之像」も手がけた人物。公式記録や関係者の証言によると、山崎氏は「長崎の歴史や文化、そして龍馬が切り拓いた日本の夜明けを、ただ眺めるだけでなく肌で感じ取ってほしい」という強い願いを込めてこの設計に挑みました。
当時、武士が草履を履くのが当たり前だった時代に、いち早く舶来の革ブーツを履きこなしていた龍馬。その足元は、身分制度にとらわれず実用性と合理性を重んじた龍馬の進取の気性を最も雄弁に語る象徴でした。さらに船の進路を決める舵輪を組み合わせることで、「激動の時代に自らの手で未来の進路を切り拓いた意志」をダイナミックに表現したのです。