井伏鱒二「さよならだけが人生だ」の真意|勧酒と太宰・寺山修司の返句

井伏鱒二「さよならだけが人生だ」の真意|勧酒と太宰・寺山修司の返句の要点や背景を専門的かつ分かりやすくまとめました。全体像を一目で把握できます。

井伏鱒二の生み出した強烈な言語表現は、後続の文学者たちを激しく挑発し、偉大な応答のドラマを生み出すことになりました。その筆頭が、師弟関係にあった太宰治と、昭和のアングラ文化を牽引した寺山修司です。

太宰治の絶筆『グッド・バイ』と井伏鱒二への複雑な視線

太宰治は井伏鱒二を生涯の師と仰ぎながらも、その関係性は敬愛と愛憎が複雑に交錯するものでした。太宰が1948(昭和23)年、玉川上水で入水自殺を遂げる直前まで朝日新聞に連載していた未完の遺作のタイトルが、まさに『グッド・バイ』でした。

太宰はこの小説の巻頭近くで、井伏の訳詩を引用しながら登場人物にこう語らせています。

「唐詩選の五言絶句に、勧酒といふ詩があって、それを私の先輩の文学者が訳して、(中略)サヨナラダケガ人生ダ。まことに、さう考へると、人生はなまぐさく、むごたらしく、やりきれないものに見えて来る」

太宰は、井伏の軽妙な諦念の奥にある「生臭さ」「むごたらしさ」を鋭敏に嗅ぎ取っていました。別れを人生の前提として受容し、したたかに昭和の文壇を生き抜く井伏の強靭さに対し、他者との関係を清算できずに自滅へと向かった太宰。井伏の言葉は、死の淵にあった太宰にとって、越えられない師の壁であり、呪縛のような人生の縮図でもあったことが読み取れます。

寺山修司の宣戦布告「さよならだけが人生ならば」

一方、太宰の死から歳月が流れた高度経済成長期、この言葉に真っ向から感情的な異議を唱えたのが寺山修司でした。寺山は詩集『空には本』のなかで、井伏の詩句をタイトルに借用し、鮮烈な「カウンターの詩」を叩きつけました。

『さよならだけが人生ならば』 寺山修司

さよならだけが 人生ならば
また来る春は何だろう
はるかなはるかな 空の果て
夢見鳥(ゆめみどり)飛びたつなら
さよならだけが 人生ならば
めぐり逢う日は何だろう
ああ さよならだけが 人生ならば
人生なんかいりません

寺山は「別れこそが人生の本質だ」という老成した大人のリアリズムを激しく拒絶します。「別れるためだけに人は出会うのか」「それならば春が巡り、再び出会う歓喜は何のためにあるのか」と問いかけ、最後には「人生なんかいりません」と啖呵を切ってみせます。井伏の諦観に根ざした慈愛に対し、生の情感や情熱、出会いの奇跡を信じようとする若々しいロマンティシズムをぶつけたのです。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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