パトリス・ジュリアンはなぜ消えた?逮捕疑惑の真相と現在の姿を徹底解説
パトリス・ジュリアンはなぜ消えた?逮捕疑惑の真相と現在の姿を徹底解説とは一体何なのか? 背景や要点を整理してお届けします。
パトリス・ジュリアン氏の歩みを振り返る上で欠かせないのが、その異色の経歴です。1952年、フランス領モロッコに生まれた彼は、フランス国立東洋言語文化研究所で日本語を学び、外交官試験に合格。1980年代後半に在日フランス大使館の文化担当官・商務官として赴任しました。洗練された身のこなしと流暢な日本語、そして母国の食文化や美意識に関する該博な知識は、赴任当時から日本の文化人たちの間で際立った存在感を放っていました。
1990年代に入ると大使館を辞学し、料理家・ライフスタイルプロデューサーとして本格的な活動を開始します。1995年に上梓したエッセイ『生活はアート』は、バブル経済が崩壊し、物質的な贅沢から心の豊かさへと価値観の転換を求めていた日本社会に決定的な衝撃を与えました。オリーブオイルの使い方、庭のハーブの摘み方、古い家具を愛でる姿勢を綴ったパトリス・ジュリアン氏の著書は次々とベストセラーを記録し、累計発行部数は数十万部規模に達しました。
さらに彼は、当時まだ閑静な住宅街に過ぎなかった港区白金台に、みずから内装やメニューをディレクションしたカフェやレストラン「サントゥール(Senteurs)」を相次いでオープン。南仏プロヴァンスの風を感じさせるテラス席や焼きたてのパン、オーガニックな料理は瞬く間に女性たちの憧れの的となり、白金台を「シロガネーゼ」の街へと変貌させる決定打となりました。私生活では日本人女性と結婚し、公私ともに「日本人に本物の豊かさを教えるフランス人」として絶大なカリスマ性を獲得したのです。