アメリカ独立宣言はいつ?1776年7月4日の真相と署名の裏側
アメリカ独立宣言はいつ?1776年7月4日の真相と署名の裏側の具体的な内容に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。
「アメリカ独立宣言はいつ出されたのか」という問いに対し、最も正確に答えるならば、「1776年7月2日に独立が決議され、7月4日に文書が採択され、8月2日に主要な署名が行われた」という重層的なプロセスになります。決して特定の一日だけで完結したイベントではありません。
時計の針を1776年の初夏に戻してみましょう。ペンシルベニア州の大陸会議(フィラデルフィア)において、バージニア植民地代表のリチャード・ヘンリー・リーが「これらの一致団結せる植民地は、自由にして独立せる国家であり、また当然そうあるべきである」という独立決議案を提出したのは6月7日のことでした。激しい議論を経て、全会一致(ニューヨーク植民地は一時棄権のち賛成)でこの決議が正式可決された日付こそが、1776年7月2日です。
当時の会議を主導した一人、ジョン・アダムズ(後の第2代大統領)は妻アビゲイルへ宛てた手紙の中で「7月2日こそが後世に祝われる記念日になり、鐘を鳴らし花火を打ち上げて盛大に祝われるだろう」と興奮気味に書き残していました。アダムズの予測通りであれば、アメリカ独立記念日は7月2日になっていたはずでした。
では、なぜ7月4日が選ばれたのでしょうか。独立決議が通った後、代議員たちはトーマス・ジェファーソンが書き上げた宣言文の草案を一行ずつ精査しました。猛暑のフィラデルフィアで2日間にわたる激しい推敲を重ね、最終テキストを公式に承認(採択)したのが1776年7月4日の夕刻だったのです。この日の夜、会議の指示によって直ちに印刷工ジョン・ダンラップの印刷所へ持ち込まれ、翌日配られた印刷版(ダンラップ・ブロードサイド)の最上部には「IN CONGRESS, JULY 4, 1776」と太字で印刷されました。この印刷物が13植民地全土へ届き、軍隊の前で読み上げられたため、「7月4日」という日付が強烈に刻み込まれることになりました。
一方、現在ワシントンD.C.の米国立公文書館でガラスケースに厳重保管されている、あの有名な肉筆の羊皮紙(Engrossed Copy)は、7月4日時点には存在していませんでした。大陸会議が「全代表によって署名される清書原稿」の作成を命じたのは7月19日であり、専門の筆耕職人ティモシー・マトラックが羊皮紙に美麗な文字で書き上げ、代議員たちが署名机に向かったのは1776年8月2日のことです。歴史上の真実は、7月4日にはジョン・ハンコック議長とチャールズ・トムソン書記の2名しか書類に承認を与えておらず、残る50名以上のアメリカ独立宣言の署名者たちは8月2日以降、中には数か月遅れでサインをした人物もいました。