同潤会とは?表参道ヒルズへ続く近代集合住宅の歴史と解体の真相
同潤会とは?表参道ヒルズへ続く近代集合住宅の歴史と解体の真相とはどんな影響があるのか? 詳しい意味を整理してお届けします。
同潤会の発足の引き金となったのは、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災です。死者・行方不明者10万5,000人超という未曾有の惨禍をもたらしたこの震災において、被害の大部分は木造家屋密集地を舐め尽くした大火災によるものでした。焼け野原となった帝都・東京を前に、当時の日本政府と都市計画家たちは「二度と燃えない耐火都市をつくる」という強い国家的使命に直面します。
震災翌年の1924年(大正13年)5月、内務省主導のもとで設立されたのが「財団法人同潤会」です。その設立資金は国費ではなく、国内外から寄せられた震災義捐金のうち1,000万円(現在の貨幣価値で数百億円規模)が充てられました。「同潤」という名称には、中国の古典に由来する「等しく潤す」という意味が込められており、被災によって生活基盤を失った困窮者や庶民へ恒久的な住まいを行き渡らせるという博愛の精神が宿っていました。
同潤会は当初、バラックの仮設住宅供給や木造の耐震住宅建設を進めましたが、1926年(大正15年)以降、耐火性と不燃性に優れた鉄筋コンクリート造(RC造)集合住宅の供給へ舵を切ります。これが、のちに「同潤会アパート」として全国に名を轟かせる近代的都市住宅群の夜明けでした。
やがて日本が戦時体制へと突入するなか、同潤会は1941年(昭和16年)に設立された「住宅営団」へと統合・発展的解消を遂げます。同潤会という組織そのものは17年間の活動にとどまりましたが、その革新的なDNAは戦後の日本住宅公団(現・都市再生機構/UR都市機構)へと受け継がれ、日本の公的住宅政策の確固たる礎となりました。