あべ静江『コーヒーショップで』名曲の真相と過酷な闘病からの復活
あべ静江『コーヒーショップで』名曲の真相と過酷な闘病からの復活の概要と注目ポイントを徹底的にカバーしました。
あべ静江さんの歌手デビューは、綿密な戦略と偶然が重なり合って生まれた必然のドラマでした。三重県松阪市出身の彼女は、学生時代から地元・東海ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』でパーソナリティを務め、「フリージアのプリンセス」と称されるほどの絶大な人気を誇っていました。当時、レコード各社が争奪戦を繰り広げる中、キャニオン・レコード(現・ポニーキャニオン)からのデビューが決定します。
楽曲制作を託されたのは、後に昭和歌謡の歴史を塗り替える作詞家・阿久悠氏と作曲家・三木たかし氏でした。阿久氏は、ラジオから流れるあべさんの知性的で落ち着いた語り口に注目し、当時流行していたアイドル路線とは一線を画す「大人の女性の佇まいを持った叙情詩」を着想します。こうして1973年5月25日にリリースされたのが、昭和歌謡 あべ静江 デビュー秘話として語り継がれる名曲『コーヒーショップで』です。
三木たかし氏によるアコースティックギターとストリングスが織りなす哀愁を帯びたメロディラインに、あべさんのクリスタルボイスが見事に溶け合い、発売直後から有線放送やラジオを通じて爆発的なリクエストを記録。オリコンチャートで最高9位を記録し、累計売上約28万枚という、新人歌手のデビュー作としては異例のヒットを記録しました。