エスカレーターから食・商習慣まで!関東と関西の決定的な違い
エスカレーターから食・商習慣まで!関東と関西の決定的な違いの基本情報から最新動向までを一挙に解説しました。
比較文化論の視座からこのギャップを掘り下げると、行き着くのは近世日本の都市形成史だ。現在の関東の基盤を築いた徳川家康は、江戸を徹底した軍事都市・行政都市として設計した。身分秩序を保つための厳格な区画整理、直線を多用した街路、そして火災に備えた広小路。そこでは「公」の論理と統制が個人の感情に優先した。
対照的に、豊臣秀吉が天下の台所として繁栄させた大坂は、水運を軸にした経済都市だった。堀川が縦横に張り巡らされ、全国から集まる米や特産物を換金する両替商や町衆が主役となった。身分よりも実利、建前よりも手元のそろばんがモノを言う。徳川の残した合理的な形式主義と、秀吉が花開かせた商人のプラグマティズム。この歴史的な都市設計思想の違いこそが、400年を経た現在も両地域のメンタリティを規定する見えないOSとなっている。