太陽の塔の正体とは?岡本太郎が仕掛けた罠と4つの顔・内部の全貌
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太陽の塔が誕生した歴史と経緯を紐解くには、1970年大阪万博のテーマであった「人類の進歩と調和」に対する、岡本太郎の激しい怒りを理解しなければなりません。当時、テーマ館の総合プロデューサーへの就任を要請された太郎は、政府や経済界が描く「科学技術の発展=人類の幸福」という薄っぺらな進歩主義に真っ向から唾を吐きかけました。
太郎は自著や当時の対談において、「進歩とは何だ。科学技術が進歩したからといって、人間そのものが昔より偉くなったとでも思っているのか」と痛烈な批判を展開しています。近代化によって人間本来の生命力や原始的なエネルギーが失われ、人間が機械の歯車に成り下がっていくことへの強い危機感を抱いていたのです。
その思想が如実に具現化したのが、建築界の巨匠・丹下健三との激突でした。丹下が万博のお祭り広場に設計したのは、最新の構造計算と鉄骨トラス技術を極限まで駆使した、長さ292メートル、幅108メートルに及ぶ白く幾何学的な「大屋根」でした。それに対し、岡本太郎が叩きつけた回答こそが、血の通った原始の怪物のような「太陽の塔」だったのです。
太郎は丹下の大屋根の中心に巨大な穴を開け、そこから塔の首と腕を強引に突き破らせました。太郎自身が後に「丹下君の美しい大屋根に対する侮辱であり、巨大なベロをペロッと出したのだ」と回顧した通り、太陽の塔は近代合理主義の象徴を物理的に破壊し、乗り越えるための「対決のモニュメント」として打ち立てられました。