アレイからすこじま徹底解剖!現役潜水艦を間近で望む奇跡の理由

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港湾都市・呉の海岸通りを進むと、突如として視界に飛び込んでくる複数の黒い巨体。これが「海上自衛隊呉基地 潜水艦桟橋(通称・S桟橋)」であり、公園の歩道から遮る構造物なしに艦容を一望できます。一般的な軍港であれば厳重な警備フェンスや立ち入り禁止区域の奥深くに配置されるべき戦略兵器が、なぜこれほど無防備とも思える近さで一般公開されているのでしょうか。

その最大の理由は、呉独特の急峻な海底地形にあります。呉港は背後に山が迫り、海岸線からわずか数メートル沖合に出るだけで急激に水深が深くなる「天然の良港」です。喫水が深く浮上時でも莫大な排水量を要する潜水艦にとって、岸壁近くまで水深が確保されている地形は基地として理想的でした。さらに、1985年に呉市が旧海軍の魚雷発射場・船溜まり跡地を市民に開かれたプロムナードとして整備した際、基地をあえて壁で囲わず、港の景観をそのまま開放する設計を採用したことで、この奇跡的な景観が誕生しました。

耳に残る独特な「アレイからすこじま 名前の由来」にも、土地の記憶が色濃く残されています。「アレイ(Alley)」は英語で「狭い路地」や「並木道」を意味します。一方の「からすこじま」は、かつてこの沖合に浮かんでいた周囲30〜40メートルほどの小さな島「烏小島(からすこじま)」に由来しています。明治28年(1895年)、海軍工廠の敷地拡張や魚雷積載用の岸壁整備に伴って烏小島は海中に埋め立てられ、陸続きとなりました。かつて実在した小島の名と、西洋風の瀟洒な小道の呼称を融合させ、1989年の呉市市制80周年記念事業に伴う愛称公募で名付けられたのが現在の名称です。

公園の突端に毅然として立つ巨大な鉄骨構造物は、「旧呉海軍工廠 魚雷積載用クレーン」です。太平洋戦争末期、呉は米軍による激しい空襲を受けましたが、このカンチレバー式クレーンは奇跡的に爆撃を免れました。かつてはここから小型潜航艇や潜水艦へ、一本数トンにも及ぶ実弾の魚雷を吊り下げて装填していた産業遺産であり、今日でも当時の無骨なリベット接合の鋲を間近で観察することができます。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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