寿司の数え方はなぜ「貫」なのか?1個か2個かの真相と歴史の謎
寿司の数え方はなぜ「貫」なのか?1個か2個かの真相と歴史の謎の真相について、分かりやすい解説を取りまとめてご紹介します。
魚の切り身と酢飯を合わせた料理に対して、なぜ「個」や「個(こ)」ではなく「貫」という漢字をあてるのか。寿司の数え方の由来を探ると、言語学者や食文化史研究者の間でも長年にわたり複数の学説が激しく対立してきました。現在有力視されているのは、主に以下の3つの仮説です。
第1の説は、江戸時代の重量単位である「貫目(かんめ)」に由来するという寿司の貫目の語源説です。尺貫法における「1貫」は千匁(せんめ)、現在の約3.75キログラムに相当します。当然ながら寿司1個が3.75キロもあるはずがありません。この説の支持者は、「かつての職人が仕込んだ酢飯全体の重さ(一貫目)から何個握れるか割り戻した名残」あるいは「一口で食べられる重さ(約十匁=約37.5グラム)の100分の1を『一貫』と呼んだ」と説明します。しかし、計算上の根拠が曖昧であり、後付けのこじつけではないかという批判も根強く存在します。
第2の説は、江戸時代の通貨単位に由来する「穴銭(銭差し)説」です。江戸時代の庶民の通貨であった寛永通宝などの穴あき銭は、中央の穴に紐を通し、1,000文(実質は960文などの省百)を一束にして「一貫文」と呼びました。屋台で売られていた当時の握り寿司が、1個あたり銭1文から数文、あるいは高級ネタが1貫文の束に見立てられたという説です。当時の庶民にとって「貫」は極めて身近な金銭の単位であり、価格の符丁がいつしか握り寿司の単位に転じたという見解は、下町の商売感覚からしても説得力を持っています。
第3の説は、海苔巻きや巻き寿司の「巻(かん)」の音が転じたという説です。巻き寿司を1本、2本と数える際の単位や、中国由来の巻物を数える助数詞が握り寿司の現場に混ざり込み、同音の「貫」の字が当てられたという主張です。
興味深いことに、国立国会図書館に収蔵されている江戸末期の風俗百科『守貞謾稿(もりさだまんこう)』(1853年起稿)や当時の狂歌・川柳などの一次資料を徹底調査しても、「寿司を一貫、二貫と数えていた」という明確な記述は見当たりません。当時の江戸っ子たちは寿司を「1つ、2つ」あるいは「1個、2個」「1本」と数えていました。NHK放送文化研究所や国語学者の考証によれば、「貫」という寿司の助数詞と歴史が文献やメディアに頻繁に登場し始めるのは昭和初期から戦後にかけてのことです。もともとは特定の寿司職人や魚河岸の符丁(隠語)だったものが、グルメブームや昭和後期のテレビ・雑誌報道を通じて一般社会に広まり、「伝統的な数え方」として定着したというのが歴史的な実像に極めて近いといえます。