なぜ日本と似ている?パラオ・バングラデシュ国旗の親日説と真相
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日本国内のSNSや掲示板などで根強く拡散されているのが、「パラオやバングラデシュは極めて親日的な国家であり、日本への深い敬意から日の丸に似た国旗を採用した」という言説です。親日国の国旗影響の真相を探るため、外交記録やデザイン考案者の肉声を確認すると、この通説がいかに事実と乖離した「日本側の願望混じりの誤解」であるかが判明します。
1981年に自治政府発足に伴い制定されたパラオ国旗由来について、国旗コンテストで意匠を考案したジョン・ブラウ・スキーボング(John Blau Skebong)氏は、過去の現地インタビューやメディア取材において「日本の国旗を模倣したという意図は一切ない」と明言しています。スキーボング氏が表現したのは、群島を取り囲む豊かな太平洋と、島民の暮らしを古くから照らしてきた静穏な夜空の満月でした。
駐日パラオ大使館の関係者も、両国の長年にわたる友好的な絆を認めつつも、国旗の選定動機が日本へのオマージュであるとする説については公の場で否定しています。第一次世界大戦後の国際連盟委任統治領として日本が統治していた歴史を持ち、日本語由来の単語が現地語に残るなどパラオが親日的な土壌を持つことは事実ですが、パラオ親日噂の真相は「親日国であるという事実」と「国旗の成立史」がネット上で都合よく混同された結果生じた都市伝説に過ぎません。
一方、バングラデシュ国旗似ている理由に関しても同様の検証が成り立ちます。1971年の過酷なパキスタンからの独立戦争(バングラデシュ解放戦争)の最中に生まれたこの旗は、画家カムルール・ハサン(Quamrul Hassan)氏らが中心となって制作しました。緑は肥沃なベンガル地方の大地と若々しい活力を、中央の赤丸は祖国解放のために命を落とした300万人とも言われる殉教者たちの「尊い血」と、新たに昇る独立の太陽を象徴しています。日の丸との類似は、普遍的な幾何学シンボルを用いた結果としての偶然の一致であり、日本への敬意からデザインされたという歴史的記録は存在しません。